日本経済新聞 連載『こころの玉手箱』

2017年6月9日

著書「貢献する気持ち」―― 闘病で確認した「他人のために」

 「哲学者になりたい」が口癖の学生だった。19歳の時に「人間とは何か」を一生考えるテーマに決めた。

 メメント・モリ、すなわち「どんなに頑張っても人間は死んでしまう」という無常観との出会いは中学2年、友人の兄の死を目の当たりにした時だ。以来、眠る前の一瞬、この考えが毎日のように頭をよぎった。

 それが変わったのは25歳、「人は後世に対しては義務こそあれ権利はない。また前世に対しては権利こそあれ義務はない」という一文との出合いからだ。後世を自分が影響を及ぼす相手と解釈し、後世に尽くすことを使命の一つに決めた。するとその日から無常観が消えたのだ。自分でも嫌になるほど自己主張の強い性格なのに、この変化はなぜだ。人間の本質に何かありそうだ。これが哲学的な発想の始まりだった。

 35歳の時の体験が考えを進めた。難病を発症し、死を意識した時だ。病院のベッドの上で思うことは、享楽的なものは一切なく、残された時間で妻や社員のためにやりたい事柄ばかりだった。死という局面と向き合った時に顕在化した、自分を役立たたせたいという強い気持ち。それは在って見えないものだったのだ。この体験から、後年「貢献心は人間の本能だ」という哲理にたどり着く。

 バブル経済が崩壊した1995年、「他人のため」を「自分のため」ととらえる哲学的思考が必要とされる社会が来るのではないかと思い、本を書き始めた。

 そして、2001年に「貢献する気持ち」が紀伊国屋書店から出された。これが思わぬ反響で、「現代倫理学辞典」に取り上げられ、さらに英国のルネッサンス・ブックス社からの依頼で英語版も執筆して08年に出版。12年には幸津國生氏の「『貢献人』という人間像」において引用・解釈され、この夏には日本哲学会の元会長・加藤尚武氏の呼びかけで、私の哲理をテーマに多くの哲学者が意見を著す本も出されるという。

 このように専門の領域で議論されることを19歳の自分が聞いたら、いったいどんな顔で驚くだろう。