日本経済新聞 連載『こころの玉手箱』

2017年6月6日

ボールペンとペーパーバック ―― 米国留学、意地と感謝で父に土産

 起業への思いが抑えきれず、大学卒業後に勤めた三菱金属を4年で辞めた。その後、当時の経済の最先進国を見ようと米国に1カ月半留学。そこで父への土産として買ったのがクロスのボールペンだった。

 戦前、鉄道関係のジャーナリストをしていた父は、あの五島慶太もあきれるほどの激情家。若い頃の私も負けん気が強く、私たち親子は顔を合わせるとけんかばかりしていた。その父が、私が留学のために金策に走り回っていることを知り、まとまった現金を用意してくれた。だが、ここで頼ってしまうと頭が上がらなくなると思った私は、母を通じて返してしまった。

 なけなしのお金の中から高価な純金製のペンを土産に買ったのは、頼らなくてもやれるという意地と、心配してくれた父への感謝が入り交じった思いからだった。数年後、父は交通事故であっけなく逝ってしまった。その時、胸のポケットに金色のボールペンがひん曲がって残っていた。

 そんな後日談もあった留学は、私の人生に大きな影響を与えた。渡米前に「ジス・イズ・アメリカ」という本を読みこみ、訪ねるべき人への紹介状を100枚以上手に入れた。その中の一人、UCLAで訪ねた教授から「日本の都市の鉄道網はすごい」と聞いたことがきっかけで、帰国後に鉄道駅での交通広告事業を手がけることになったのだ。

 後輩たちにも若い時に海外経験をしてほしい。そして、日本に来ている留学生とも積極的に交流してほしい。彼らは日本人学生にとって身近な外国だ。徹底的に話し、異なる価値観に触れ、理解しあってほしい。そんな思いから、留学生を徹底的に大切にしようと提言していくことを、ライフワークの一つに決めた。

 創業した「ぐるなび」もなんとか20年が経った。この節目に提言を自ら具現化することを決意し、母校である東工大、ご縁のある東京芸大、お茶の水女子大の3校に、留学生と国内学生が交流するための会館等の建設資金を寄付させていただいた。私の思いに共感してくれた隈研吾氏が設計を引き受けてくれた。素晴らしい交流の場が生まれることを楽しみにしている。