日本経済新聞 連載『あすへの話題』

2011年6月30日

尊敬される日本へ

 年頭からの当欄、週に1回のペースにもようやく慣れかけた頃の衝撃だった。頭の中に整理していたネタ帳は3月11日を境に白紙に戻り、自身の価値観を再確認しながら執筆を続けた。
 揺さ振られたのは日本という国もそうだったのだと思う。わが国は第2次世界大戦の後、経済に価値をおいてきた。その結果、経済大国と呼ばれ、私たちの生活は驚くほど豊かで安定したものになった。しかし、バブル経済の崩壊後は失われた10年、さらにリーマンショック後は失われた30年とさえいわれている。そんな現状を変えたいと願うのは私だけではないはずだ。
 文化でも大国と呼ばれる日本であってほしい。これからも存在感のある日本であるためには、科学技術とともに文化も大切な要素になると思うのだ。
 同じ第2次世界大戦の敗戦国となったドイツは、戦後まだ市民のエンゲル係数が相当高いにもかかわらずパブリックアートを復活させた。それを決める社会のコンセンサスがとれるのは、国の指導者も国民も、文化・芸術が人間社会に与える大切な価値を認めているからだろう。
 日本にも古くからすぐれた文化がある。文化の融合も得意で、外から入ってきた文化を受け入れ、理解し、応用して新しい価値も創り出してきた。食文化をみても明白で、日本のフランス料理もイタリア料理も中華料理もレベルが高い。その能力が、この先の日本の新しい価値を生むはずだ。
 いま、平山郁夫画伯と語った「尊敬される日本人でありたい」という言葉がより重さを増して思い出される。今年の3月が、世界から尊敬される日本へ向かう新しい起点となることを願う。