日本経済新聞 連載『あすへの話題』

2011年6月23日

大切な言葉

 心を動かされるいくつもの言葉と出合ってきた。それらを忘れたくなくて、紙片に書き留めて手帳に挟むことが習慣になった。50年近く持ち歩く言葉もある。
 「人は後世に対しては義務こそあれ権利はない。また前世に対しては権利こそあれ義務はない」
 20代の半ばに出合った言葉だ。当時の私は、夜眠る前になるときまって無常観に襲われていた。始まったのは中学生の頃で、友人の兄がガンを告知され、自らの死と向き合う様を目の当たりにしたときからだった。「後世に対して......」という言葉は私に使命感をもたらした。自分にとっての後世、すなわち自分が影響を及ぼす相手を守ることが私の使命であると、そう思えたときに長年の無常観が消えていた。
 「成果=能力×意欲×プラス思考」
 この言葉との出合いはベンチャーを決心した頃だ。創業者の盛田昭夫氏が『学歴無用論』(文藝春秋社)で日本的な学歴主義や年功序列を批判するなど、人材に対する先進的な考え方で知られていたソニーは、昭和40年頃、求める人材を「成果を挙げる人」と定義した。それを表したのが前述の一行だ。「能力」は基礎学力・表現力・個性・リーダーシップを、「意欲」は行動力・好奇心・探究心・ビジョンを指す。そして、「プラス思考」は常に物事を前向きにとらえていかなる状況も楽しむこと、それができる人がチャンスをつかむという。私はこの言葉をそのまま自らのベンチャー人生の基本として新しいビジネスに挑戦してきた。
 若い頃はメモを読み返して多くの言葉を自分に言い聞かせた。今は後輩に伝えるために手帳から取り出すことが多くなった。